小唄「顎で知らせて」のご紹介。
「顎で知らせて」
顎で知らせて目で受けて
必ずやいのと約束したを
今に於いて今もって
首尾も間合いもないことか
ええ儘ならぬ
儘ならぬこそ浮世世の中じゃ
娑婆世界。
明治中期に作られた歌沢節系の
江戸小唄である。
この歌沢節は、珍しくも男唄で
ある。
男が馴染みの芸妓に宴会の席で
「おい、今夜いつものとこで待
っているよ」と顎で知らせると
芸妓は「ええいいわ」と目で受
けるのを、男は尚も「きっとだ
よ」〈必ずやいの〉と約束をし、
行きつけの待合で小婢を相手に
チビリチビリ飲みながら待って
いるが、芸妓が中々現れない。
夜更けて電話がかかって「今夜
はどうしても抜けられない、堪
忍して」という芸妓の声。
男はすっかり御機嫌が斜めにな
って、電話口で思わず怒鳴りつ
けようとしたが、壁に耳ありと
ぐっとこらえて座敷に帰る。
小婢が色々とりなすのが却って
癇に障って、言うた言葉が「今
に於いて今以て」以下である。
「今に於いて今以って」という
漢語は明治30年代の書生の間
で使われた流行語かもしれない、
「今頃になって」という意味。
「首尾」とは、男女が都合をつ
けて逢うこと。
「間合い」は隔たり、隙のこと
首尾も間合いもないことかは、
逢いに来てくれる都合もつかぬ
のか、隙もないのかという意
「ええ儘ならぬこそ浮世、世の
中、娑婆世界」は小婢が、勤め
の身ですもの儘ならぬ事もござ
います、あの芸妓の身にもなっ
てやって下さいましと言うのを
男は益々興奮して、「ナニ、儘
ならぬ身だって。冗談じゃない
よ。この世の中は昔から浮世と
も娑婆とも言って、すべて思う
儘にならぬように出来ている。
そこを無理して都合をつけて来
るのが本当の好いた仲というも
んじゃないか」という所である
非常に歌詞も良く出来ており、
「今に於いて今以って」などと
漢語まで飛び出してきてユーモ
アであるが、歌沢で「ええ儘な
らぬこそ浮世世の中娑婆世界」
と畳込んで唄うのを、小唄の歌
詞をこの様に冗長にしたのは改
悪で、「世の中じゃ娑婆世界じ
ゃ」などと禅坊主の言うセリフ
の様にしてしまったのは惜しい
曲もまた軽妙な味のある小唄で
ある。
小唄鑑賞 木村菊太郎著より引用
今では小唄の歌詞は最後はじゃ
を付けずに「~浮世世の中じゃ
娑婆世界。」と唄っています。
また、「間合いもないことか」
は現在小唄の歌詞では「場合も
」と唄っています。
私もこの小唄の歌詞は中々面白
味があり、曲も軽快なタッチで
好きですね。
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