小唄「都鳥」のご紹介。
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小唄「都鳥」のご紹介。

2017年02月06日(月)7:35 PM

         「都鳥」

 都鳥  流れにつづく燈篭の

   よるよる風の涼み船

     波の綾瀬の水清く  心隅田の舵枕。

 

 この小唄は明治11年7月に行われた隅田川流燈会(りゅうとうえ)を唄った

江戸小唄で、明治期の新作小唄第一号と言われている。

この企てを考えたのは、「言問団子」の主人植木屋の植佐老人で、明治二年隅

田堤にささやかな茶店を開き、在原業平の故事因んで言問団子と名付けたもの

であるが、明治初年の江戸っ子に賞美され、「長命寺の桜餅」と共に江戸名物

となった。

 植佐老人は、茶店をたずねた当時の文人成島柳北、仮名書魯文などに相談し

て、維新前まで行われた七月の盂蘭盆に隅田川の水死人のための川施餓鬼の

行事を再興しようと考え、趣向を変えて牛島興福寺の流燈会と名づけてその筋

の許可を得、明治17年7月1日から30日の間、水神の森から毎晩毎晩都鳥

の形をした燈籠を隅田川に流した。

 この時は小船から縄を引いて沢山の都鳥形の燈籠をつないで、ゆるゆる船を

漕いで川を上下したもので、その都鳥は高さ一尺、幅一尺五寸の彩色にして

蝋を塗ったもので、中側に竹で骨を造りカンテラを灯した板に取り付けたもの

だという。

百花園の萩を見た帰りに、夕食代わりの団子を食べ、流燈会を見物する人も多

く、この燈籠流しは大変な評判を呼んだ。

この燈籠は上流の綾瀬口から流されたものと見え、見物がてらの涼み舟も盛ん

に漕ぎ上がっていったものと見える。

小唄「都鳥」はこの風景を唄ったもので、作曲者の初代菊寿太夫は円熟期で、

流石に面白くできており、賑やかな替手もついていて、晩夏の隅田川の夜景を

目の当たりに見るような、如何にも美しい賑やかな曲である。

歌詞の中の「よるよる風の」は、燈籠の寄り来ることと、夜毎の夜にかけたも

の。

舵枕は舵を枕にして寝るの意で、船旅のことである。

                             木村菊太郎著より引用

 

 如何でしょうか? 見てみたかったですねぇ、「流燈会」。

前回のブログで書きましたが、4月9日日曜日三越劇場で開催される「栄芝

会」で合唱・合奏される小唄です。

 涼やかな美しい曲です、ぜひ聞いて下さいませ。

 

 

 



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